平成29年(2017年)12月03日

12月を迎え、今年も残り少なくなってきました。
山口県議会11月定例会が、11月29日から12月15日までの17日間の会期で開催されています。11月29日には、村岡知事が議案説明の中で、次期県知事選挙に向けての所信を述べられました。
来年、平成30年は、明治改元から150年目を迎える大きな節目の年です。明治維新胎動の地である山口県にとって、特別な思いの年ですが、その節目の年に行われる知事選挙に向けて、村岡知事は『明治150年を契機に、山口県の未来をしっかりと切り拓いていけるよう、本県の強みを最大限に活かし、活力の源となる産業力を伸ばす「産業維新」、潜在力を活かし人や物の流れを飛躍的に拡大し、山口県を活性化する「大交流維新」、そして、誰もが希望を持って、いつまでも安心して暮らし続けられる基盤を作る「生活維新」の「3つの維新」に積極果敢に挑戦してまいる決意』と、自らの決意を示されました。
知事選挙は2月4日が投開票日です。そして、同じ日に行われる岩国市・和木町選挙区の山口県議会議員補欠選挙に私も挑戦します。
私自身の公約として、やまぐち産業戦略の推進などを柱とする「活力創出ビジョン8」を皆様にお示ししているところですが、取り組みの方向は村岡知事と軌を一にしています。村岡知事とともに、活力みなぎる山口県の実現に向けて、頑張る覚悟ですし、今、一人でも多くの皆様にその思いをお伝えすべく全力で活動しているところです。
師走を迎え、寒さも厳しくなってきましたが、「勇太、頑張れ」というお声もたくさんいただき、そのお気持ちにお応えできるように、心の中は熱く燃えています。その思いを実現できるように、一層の精進を重ねる覚悟です。皆様のさらなるご支援をいただきますよう、心からお願い申し上げます。

平成29年12月3日

平成29年(2017年)11月01日

この1箇月間、慌ただしく、そして、充実した1箇月を過ごしています。 この間、衆議院選挙がありました。私は、山口2区から立候補された岸信夫先生の選挙のお手伝いをさせていただきました。 10月22日の開票の結果、岸先生は前回の得票より1万6千票以上上回る11万3千12票を獲得されました。山口県内は、4区の安倍晋三総理、3区の河村建夫先生、そして、1区の高村正大先生の皆さん全員が10万票を超える得票で当選され、比例・中国ブロックでは、自由民主党は古田圭一、公明党は桝屋敬悟先生が当選されました。全国的にも、自由民主党と公明党の与党で313議席を獲得しました。 今回の選挙では、小池百合子東京都知事が希望の党を立ち上げ、それに民進党の多くの議員が合流するというような一連の動きがあり、小池都知事の「排除」発言を機に、立憲民主党ができたり、我が国に混乱と混迷をもたらせた民主党政権の中心にいた方々が無所属で立候補されたりと、政策論議から外れたところでの騒ぎの多い選挙だったように思います。また、この騒ぎの中で、自公政権の危機を煽り立てるような報道も目にしましたが、私は、希望の党や立憲民主党の動きは、ただ単に当選するための動きとしか思えず、そういう政治家の行動に信念が感じられませんでした。そして、そういう行動は政治に対する不信感を強くするのではないかと感じました。 今回の選挙をお手伝いさせていただく中で、全体として見れば、有権者の多くの方が冷静な判断をされ、愚直と言っていいほどに政策を訴えられる安倍総理をはじめとした自公政権の安定感に、これからの国づくりを託されたのではないかと思います。 そして、その一方で、私と同じ世代の小泉進次郎先生が、活躍された選挙でもあったと思います。小泉先生は森友学園や加計学園などについても厳しい発言をされていますが、私はこういう厳しい発言ができる自由民主党だからこそ、真摯に我が国の政治を担えるし、私もその一角を担っていきたいという思いを強くしました。 衆議院選挙を終え、私自身は、次は来年2月の山口県議会議員補欠選挙に向けての準備です。愚直なほどに政策を訴えることの大切さを改めて感じた衆議院選挙の後だけに、私自身も一人でも多くの方とお話をしながら、岩国・和木地域と山口県の発展のために自らの政策をしっかりと磨いていきたいと思っています。

平成29年(2017年)09月29日

本日午後3時から、岩国市役所の記者クラブで、記者会見を行い、来年2月4日に行われる山口県議会議員補欠選挙に向けた私の考え方を、記者の皆様にお伝えさせていただきました。
記者会では、「私の決意 -夢と実現力。-」をお配りして、私の思いをお伝えしました。

私の決意 -夢と実現力。-

「夢」を描く。「夢」を創る。
 今は閉塞感の強い時代。世界的な地域間競争の激化の中で、人口の減少、少子・高齢化の進展など、山口県、そして日本も大きな転機にあります。また、北朝鮮の核・ミサイル問題や尖閣諸島を巡る中国の侵略など東アジアの国際情勢、地球温暖化をはじめとした環境問題など、日本を取り巻く環境は大変厳しいものがあります。
 日本経済のバブルが崩壊した1990年初頭、私はまだ小学生でした。それから失われた10年とも、20年とも言われた低迷の時代に、私は小学生、中学生、高校、大学で過ごし、2008年に大学を卒業して社会人となりました。
 社会人となった直後、2009年12月に、民主党政権に代わり、それからの3年半、私は政治の混乱、経済の低迷を目の当たりにし、政治がしっかりしないといけないということを実感しました。
 私の世代は、右肩上がりの経済を経験したことのない世代です。かつての高度成長時代には、昨日より明日が豊かになると信じて、多くの方が努力を重ね、日本は世界で有数の経済大国となりましたが、私と同世代の多くは、そのような成長体験を経験することなく、厳しい社会経済環境の中で、ともすれば、挫けそうになる、諦める、そんな思いから、明日に向って展望を描けず、夢を持てない、夢を描けない時代を過ごしてきたといえます。それを加速させたのが、民主党政権下での混乱でした。
 しかし、時代は変わり、困難な中でも、夢を描こうとする試みがはじまっていると私は思います。今、国においては、安倍内閣の下で、日本再生の取り組み、地方創生をはじめとした地域からの活力の創出によって、新たな国づくりと取り組みが果敢に進められています。山口県では、村岡知事の下で、やまぐち産業戦略推進計画をはじめとした地域の再生の取り組みが、そして、岩国・和木地域では、福田良彦・岩国市長と米本正明・和木町長による地域づくりが着々と進められています。
 困難な取り組みですが、困難を恐れていては明日の展望を拓くことはできません。今、求められているのは、岩国・和木地域と山口県から、新たな活力を生み出していくこと、そのためには、国と県、市町が一丸となって、地域の力、資源を生かし、しっかりとした地域づくり、県づくりを進め、この地域から、山口県から新しい活力を生み出していくことだと思います。
 そして、それを実現できるのは政治の力。明日に向かって夢を描き、実現することこそ、政治に求められる責任だと考えます。私は、今、33歳です。若輩ですが、これからの時代を担い、困難を切り拓かなければならない世代のひとりとして、今の閉塞感を打破し、明日の夢を描き、世代の思い、地域の思いを実現していく覚悟、その思いを胸に、県政への挑戦を決断したのです。

実現力。
 私の父は、前山口県議会議長を務めた畑原基成です。私は、父の背中を見て育ちました。多くのことを父から学びましたが、一番大きなことは、「政治の責任は、明日に向かって夢を描き、夢を創り、その夢を実現すること」ということです。
 岩国錦帯橋空港の再開や基地交付金の実現、産業戦略推進計画の具現化や森林づくり県民税による荒廃森林の再生など、父が実現した公約は多く、改めてその実現力の凄さを感じていますが、岩国・和木地域、そして山口県にはまだまだ多くの課題と困難があります。
 それらを克服していくためには、父が実現したこと、実現したかったことをしっかりと引き継ぎ、確かなものにしていくこと、そして、今の困難な時代を克服するために、私自身が岩国・和木地域と山口県に求められる夢を描き、夢を創り、その夢を一つひとつ実現していくことです。
 その思いを胸に、私、畑原勇太は自らの取り組みとして「活力創出ビジョン8」を皆様にお示しし、岩国・和木地域から、山口県の新しい活力の創出に取り組みたいと考えています。皆様のご理解とご声援を心からお願い申し上げます。

 平成29年9月29日