平成30年(2018年)3月22日

2月27日から開会した2月県議会、平成30年度当初予算案などが審議され、先週の金曜日、3月16日で終えました。

私にとっては、はじめての議会でしたが、開会日の27日に議案が上程された後、3月5日から9日までの間は本会議が行われました。5日の代表質問では、島田教明・自民党山口県連政調会長が当初予算や岩国基地関連などの質問をされました。続いて、翌日6日から9日までの間に15名の一般質問があり、9月から開催される山口ゆめ花博の開催準備など様々な質問がありました。

本会議での一般質問については、代表質問ができる会派には、質問者数の制約があるとのことで、自民党会派に属する私は今回の議会ではまだ質問はできませんが、自民党会派や公明党会派の先輩議員の質問を聞きながら、私もしっかりと勉強して本会議の質問に臨まなければならないと思いました。

また、常任委員会の所属は農林水産委員会に決まりました。12日と13日の両日、はじめての委員会審議に臨みました。

私は、①厳しい財政状況の中で、新年度予算の中で農林水産部として特に力を入れた点と期待している効果、②農林事務所と水産事務所の統合は現場との距離感が生じる恐れがあるが、それへの対応、③農業の担い手確保対策、④鳥インフルエンザ対策、⑤岩国市美和町に計画されている大規模太陽光発電の建設が与える森林環境への影響と対応、⑥やまぐち森林づくり県民税、⑥養殖漁業の振興、⑦漁業権の民間開放に対する県の考え方について質問しました。

①の新年度予算については河村邦彦農林水産部長が、また、⑦の漁業権の民間開放については山根信之農林水産部理事が答弁をされ、特に、新年度予算についての質疑は、本会議最終日の委員長報告の中で、笠本俊也農林水産委員長が報告のトップに取り上げられました。

はじめての議会を終えて、ホッとするとともに、次に向けて頑張らなければならないと気持ちを新たにしています。皆様のご指導をよろしくお願い申し上げます。
3月22日



平成30年(2018年)2月13日

 選挙も終え、山口県議会議員としての活動がスタートしました。
 2月8日に当選証書をいただき、翌9日には、はじめて山口県議会に登庁し、議員バッチをいただきました。
 登庁すると、テレビ局のカメラに囲まれました。その中で、県議会事務局の職員の方に、胸に議員バッチを着けていただきました。
 その後、「畑原勇太」の名前が記された議員の出欠を表す電光掲示板、登庁ランプのスイッチを入れ、今回の補欠選挙で下松市選挙区から当選された森繁哲也議員と一緒に、議長室をお訪ねし、柳居俊学県議会議長にご挨拶をしました。議長室には、守田宗治副議長、藤生通陽議会運営委員長の議会三役と自由民主党山口県連の友田有幹事長が同席され、皆様から温かい激励の言葉をいただきました。
 父・畑原基成が元気な頃には、何度も来た県議会棟で、見慣れているはずなのに、自分自身が山口県議会議員としてはじめて登庁する県議会棟は、全く違う場所のように思え、とても緊張しました。そしてまた、山口県議会議員になったことを改めて実感しました。
 私の当選を支えていただいた皆様のご期待にお応えできるよう、私はこの初登庁の緊張感、初心を忘れず、精進を重ね、全力を尽くす覚悟です。皆様のさらなるご支援を心からお願い申し上げます。

2月13日


初登庁。職員の方に議員バッチを
着けていただきました。
「畑原勇太」の名前が記された
登庁ランプ。
議長室に挨拶に伺いました。
中央が柳居俊学議長。
右側が守田副議長、藤生議運委員
長、友田県連幹事長。
左側が森繁哲也議員、畑原勇太。

平成30年(2018年)1月29日

 1月26日、山口県議会議員補欠選挙(岩国市・和木町選挙区)の告示があり、私は、同日での当選が確定しました。私にとってはじめての選挙ですが、皆様のお力添えで当選させていただき、本当に感謝感激です。心から御礼を申し上げます。
 この日は、強い寒波の到来で県内各地からも雪の便りが聞かれる中でしたが、朝早い午前8時45分から、岩国市横山の河川敷運動広場で開催した出陣式には市内、県内外から1千名を超える方にご参加をいただきました。
 出陣式には、山口県知事選挙真っ最中の村岡知事にもご出席をいただき、式の冒頭に、温かく、力強いエールをいただきました。
 また、安倍晋三総理大臣の代理として配川博之筆頭秘書が総理からの激励のメッセージを代読された後、岸信夫衆議院議員(自由民主党山口県支部連合会会長)、林芳正文部科学大臣の代理で裕子夫人、柳居俊学山口県議会議長の代理で友田有県連幹事長、公明党からは先城憲尚山口県議会議員、福田良彦岩国市長、米本正明和木町長の皆様からの激励のお言葉をいただき、岩国市議会、和木町議会、周防大島町議会、大竹市議会を代表して桑原敏幸岩国市議会議長の激励、また、私の友人代表として歌手の京太郎さんからの激励をいただき、菅義偉官房長官からいただいた激励の電文が披露されました。
 式の最後には、これも友人代表で、柏原規孝さんが、緊張感あふれるガンバローコールで式を締められ、私を乗せた遊説車が大きな拍手と声援の中で出発しました。
 式には、生前、父が大変親しくさせていただき、ともに山口県議会議員として活動した大西倉雄長門市長、新谷和彦自民党県連会長代行をはじめとした山口県議会議員の皆様、広島県議会から狭戸尾議員様、岩国市議会、和木町議会、周防大島町議会、大竹市議会からも多くの議員の皆様に応援にかけつけていただきました。
 そして、何より、寒い中、多くの皆様に出陣式にご参加をいただきました。
 また、出陣式を多くのスタッフの皆様に支えていただきました。
 皆様に改めて御礼を申し上げます。
 皆様のお力のお陰で、私ははじめての選挙に当選することができました。
 当選の直後から、河村建夫衆議院予算委員長や林芳正文部科学大臣をはじめとした多くの方から祝福のお言葉をいただきました。本当にありがとうございます。
 今回の選挙は1日だけの遊説でしたが、岩国市内と和木町内をまわらせていただき、多くの方に応援の声をかけていただきました。早朝の寒風の中での温かく熱い出陣式と合わせて、本当に大きな大きな力をいただきました。そして、皆様の思いにお応えしなければならないという思いをさらに強くしました。
 私は、出陣式でも、岩国・和木地域と山口県の課題を克服していくためにも、父・畑原基成が実現したこと、実現したかったことをしっかりと引き継ぎ、確かなものにしていくこと、そして、今の困難な時代を克服するために、私自身が岩国・和木地域と山口県に求められる夢を描き、その夢を一つひとつ実現していくことをお約束しました。
 そのための取り組みとして、私は「活力創出ビジョン8」を皆様にお示しし、岩国・和木地域から、山口県の新しい活力の創出に取り組む覚悟です。
 父が生前親しくしていただいた安倍総理や菅官房長官をはじめ、出陣式でエールをいただいた村岡知事、柳居議長をはじめとした山口県議会議員の皆様、そして、福田市長や米本町長、桑原岩国市議会議長をはじめとした市議会、町議会の皆様のご指導、ご鞭撻をいただきながら、国、県、市町の連携の絆をより強くし、政策の実現に邁進する覚悟です。
 皆様のさらなるご支援をいただきますようお願いを申し上げます。
1月29日



平成30年(2018年)1月1日

 今年は平成30年。明治改元から150年という大きな節目の年を迎えました。
まずは今年一年が皆様にとって素晴らしい年となりますことをお祈り申し上げます。
 さて、昨年は、父・畑原基成の逝去で、私と家族にとりまして、悲しい年のはじまりとなりましたが、その悲しみを多くの皆様のご激励や温かなお言葉で支えていただきました。おかげさまで、私も、また、家族も前向きな気持ちで歩み出すことができました。改めて皆様のご厚情、ご激励に深く深く感謝申し上げます。
 ご承知のことと存じますが、昨年9月、私は山口県議会議員補欠選挙に向けて挑戦することを表明いたしました。父が実現したこと、やり残した志を引き継ぐとともに、「夢と実現力」を自らの信念とし、産業戦略推進計画の実現などを柱とする「8つのビジョン」掲げて、私は山口県政に挑戦する決意です。
 因みに補欠選挙は、知事選挙に合わせて行われ、1月26日が告示、そして、2月4日が投開票の予定となっています。私は今、大変慌ただしい日々を過ごしていますが、今年は戌年。戌年には勤勉で努力という意味もあるとのことなので、私も実直に努力を積み重ねて参りたいと思っています。
 現在、私たちは人口の減少や少子高齢化など大変困難な時代の壁に直面していますが、安倍晋三総理が進めている国づくり、村岡嗣政知事が進めている県づくりとしっかり連携して、様々な困難を克服し、活力あふれる岩国・和木地域と山口県を実現しなければならないと思っています。それらの課題解決に向けて、私は皆さまと共に全力を尽す覚悟ですので、倍旧のご理解とご声援を心よりお願い申し上げ、新春のご挨拶とさせていただきます。

平成30年元旦



平成29年(2017年)12月03日

12月を迎え、今年も残り少なくなってきました。
山口県議会11月定例会が、11月29日から12月15日までの17日間の会期で開催されています。11月29日には、村岡知事が議案説明の中で、次期県知事選挙に向けての所信を述べられました。
来年、平成30年は、明治改元から150年目を迎える大きな節目の年です。明治維新胎動の地である山口県にとって、特別な思いの年ですが、その節目の年に行われる知事選挙に向けて、村岡知事は『明治150年を契機に、山口県の未来をしっかりと切り拓いていけるよう、本県の強みを最大限に活かし、活力の源となる産業力を伸ばす「産業維新」、潜在力を活かし人や物の流れを飛躍的に拡大し、山口県を活性化する「大交流維新」、そして、誰もが希望を持って、いつまでも安心して暮らし続けられる基盤を作る「生活維新」の「3つの維新」に積極果敢に挑戦してまいる決意』と、自らの決意を示されました。
知事選挙は2月4日が投開票日です。そして、同じ日に行われる岩国市・和木町選挙区の山口県議会議員補欠選挙に私も挑戦します。
私自身の公約として、やまぐち産業戦略の推進などを柱とする「活力創出ビジョン8」を皆様にお示ししているところですが、取り組みの方向は村岡知事と軌を一にしています。村岡知事とともに、活力みなぎる山口県の実現に向けて、頑張る覚悟ですし、今、一人でも多くの皆様にその思いをお伝えすべく全力で活動しているところです。
師走を迎え、寒さも厳しくなってきましたが、「勇太、頑張れ」というお声もたくさんいただき、そのお気持ちにお応えできるように、心の中は熱く燃えています。その思いを実現できるように、一層の精進を重ねる覚悟です。皆様のさらなるご支援をいただきますよう、心からお願い申し上げます。

平成29年12月3日



平成29年(2017年)11月01日

この1箇月間、慌ただしく、そして、充実した1箇月を過ごしています。
この間、衆議院選挙がありました。私は、山口2区から立候補された岸信夫先生の選挙のお手伝いをさせていただきました。

10月22日の開票の結果、岸先生は前回の得票より1万6千票以上上回る11万3千12票を獲得されました。山口県内は、4区の安倍晋三総理、3区の河村建夫先生、そして、1区の高村正大先生の皆さん全員が10万票を超える得票で当選され、比例・中国ブロックでは、自由民主党は古田圭一、公明党は桝屋敬悟先生が当選されました。全国的にも、自由民主党と公明党の与党で313議席を獲得しました。

今回の選挙では、小池百合子東京都知事が希望の党を立ち上げ、それに民進党の多くの議員が合流するというような一連の動きがあり、小池都知事の「排除」発言を機に、立憲民主党ができたり、我が国に混乱と混迷をもたらせた民主党政権の中心にいた方々が無所属で立候補されたりと、政策論議から外れたところでの騒ぎの多い選挙だったように思います。また、この騒ぎの中で、自公政権の危機を煽り立てるような報道も目にしましたが、私は、希望の党や立憲民主党の動きは、ただ単に当選するための動きとしか思えず、そういう政治家の行動に信念が感じられませんでした。そして、そういう行動は政治に対する不信感を強くするのではないかと感じました。

今回の選挙をお手伝いさせていただく中で、全体として見れば、有権者の多くの方が冷静な判断をされ、愚直と言っていいほどに政策を訴えられる安倍総理をはじめとした自公政権の安定感に、これからの国づくりを託されたのではないかと思います。

そして、その一方で、私と同じ世代の小泉進次郎先生が、活躍された選挙でもあったと思います。小泉先生は森友学園や加計学園などについても厳しい発言をされていますが、私はこういう厳しい発言ができる自由民主党だからこそ、真摯に我が国の政治を担えるし、私もその一角を担っていきたいという思いを強くしました。

衆議院選挙を終え、私自身は、次は来年2月の山口県議会議員補欠選挙に向けての準備です。愚直なほどに政策を訴えることの大切さを改めて感じた衆議院選挙の後だけに、私自身も一人でも多くの方とお話をしながら、岩国・和木地域と山口県の発展のために自らの政策をしっかりと磨いていきたいと思っています。


平成29年(2017年)9月29日

本日午後3時から、岩国市役所の記者クラブで、記者会見を行い、来年2月4日に行われる山口県議会議員補欠選挙に向けた私の考え方を、記者の皆様にお伝えさせていただきました。
記者会では、「私の決意 -夢と実現力。-」をお配りして、私の思いをお伝えしました。

私の決意 -夢と実現力。-

「夢」を描く。「夢」を創る。
 今は閉塞感の強い時代。世界的な地域間競争の激化の中で、人口の減少、少子・高齢化の進展など、山口県、そして日本も大きな転機にあります。また、北朝鮮の核・ミサイル問題や尖閣諸島を巡る中国の侵略など東アジアの国際情勢、地球温暖化をはじめとした環境問題など、日本を取り巻く環境は大変厳しいものがあります。
 日本経済のバブルが崩壊した1990年初頭、私はまだ小学生でした。それから失われた10年とも、20年とも言われた低迷の時代に、私は小学生、中学生、高校、大学で過ごし、2008年に大学を卒業して社会人となりました。
 社会人となった直後、2009年12月に、民主党政権に代わり、それからの3年半、私は政治の混乱、経済の低迷を目の当たりにし、政治がしっかりしないといけないということを実感しました。
 私の世代は、右肩上がりの経済を経験したことのない世代です。かつての高度成長時代には、昨日より明日が豊かになると信じて、多くの方が努力を重ね、日本は世界で有数の経済大国となりましたが、私と同世代の多くは、そのような成長体験を経験することなく、厳しい社会経済環境の中で、ともすれば、挫けそうになる、諦める、そんな思いから、明日に向って展望を描けず、夢を持てない、夢を描けない時代を過ごしてきたといえます。それを加速させたのが、民主党政権下での混乱でした。
 しかし、時代は変わり、困難な中でも、夢を描こうとする試みがはじまっていると私は思います。今、国においては、安倍内閣の下で、日本再生の取り組み、地方創生をはじめとした地域からの活力の創出によって、新たな国づくりと取り組みが果敢に進められています。山口県では、村岡知事の下で、やまぐち産業戦略推進計画をはじめとした地域の再生の取り組みが、そして、岩国・和木地域では、福田良彦・岩国市長と米本正明・和木町長による地域づくりが着々と進められています。
 困難な取り組みですが、困難を恐れていては明日の展望を拓くことはできません。今、求められているのは、岩国・和木地域と山口県から、新たな活力を生み出していくこと、そのためには、国と県、市町が一丸となって、地域の力、資源を生かし、しっかりとした地域づくり、県づくりを進め、この地域から、山口県から新しい活力を生み出していくことだと思います。
 そして、それを実現できるのは政治の力。明日に向かって夢を描き、実現することこそ、政治に求められる責任だと考えます。私は、今、33歳です。若輩ですが、これからの時代を担い、困難を切り拓かなければならない世代のひとりとして、今の閉塞感を打破し、明日の夢を描き、世代の思い、地域の思いを実現していく覚悟、その思いを胸に、県政への挑戦を決断したのです。

実現力。
 私の父は、前山口県議会議長を務めた畑原基成です。私は、父の背中を見て育ちました。多くのことを父から学びましたが、一番大きなことは、「政治の責任は、明日に向かって夢を描き、夢を創り、その夢を実現すること」ということです。
 岩国錦帯橋空港の再開や基地交付金の実現、産業戦略推進計画の具現化や森林づくり県民税による荒廃森林の再生など、父が実現した公約は多く、改めてその実現力の凄さを感じていますが、岩国・和木地域、そして山口県にはまだまだ多くの課題と困難があります。
 それらを克服していくためには、父が実現したこと、実現したかったことをしっかりと引き継ぎ、確かなものにしていくこと、そして、今の困難な時代を克服するために、私自身が岩国・和木地域と山口県に求められる夢を描き、夢を創り、その夢を一つひとつ実現していくことです。
 その思いを胸に、私、畑原勇太は自らの取り組みとして「活力創出ビジョン8」を皆様にお示しし、岩国・和木地域から、山口県の新しい活力の創出に取り組みたいと考えています。皆様のご理解とご声援を心からお願い申し上げます。

 平成29年9月29日


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